冬の訪れを告げる味覚といえば、牡蠣。ぷっくりとした身をほおばった瞬間に広がる、海の香りと濃厚なうま味。カキフライに土手鍋、焼き牡蠣、そしてレモンを搾った生牡蠣――寒くなるほど恋しくなる、冬のごちそうです。
ところが2026年の牡蠣シーズンは、少し様子が違います。全国一の産地・広島県では、夏の猛暑による高水温を受けて、カキの出荷開始を例年より約1か月遅い11月2日以降とすることが決まりました。昨シーズンには瀬戸内海の各地で養殖カキが大量に死ぬ被害も起きており、産地は手探りで今季を迎えています。
この記事では、2026年の牡蠣の最新事情とともに、牡蠣を自然・科学・歴史・文化・哲学というGASTRONOMIXの5つの視点から読み解きます。「海のミルク」と呼ばれる理由、生食用と加熱用の本当の違い、ノロウイルスを防ぐ加熱の目安、おいしい牡蠣の選び方と下処理まで。知れば知るほど、今年の牡蠣がもっと味わい深くなるはずです。
この記事でわかること
・2026年の牡蠣はいつから?広島カキの出荷時期と、昨シーズンの大量死の背景
・牡蠣が「海のミルク」と呼ばれる理由と、うま味・栄養の科学
・「生食用」と「加熱用」の本当の違いと、ノロウイルス対策の加熱目安
・真牡蠣と岩牡蠣の旬、主な産地、おいしい牡蠣の選び方と下処理
・カキフライ・土手鍋・焼き牡蠣など、牡蠣をおいしく食べるコツとペアリング
2026年の牡蠣はいつから?広島カキは11月2日以降に出荷
まずは、2026年シーズンの牡蠣をめぐる状況を整理しておきましょう。キーワードは「出荷の遅れ」「高水温」「昨シーズンの大量死」の3つです。

広島カキの出荷は「例年より約1か月遅れ」
全国の養殖カキ生産量のおよそ6割を占める広島県では、2026年シーズンのカキの出荷開始を11月2日以降とすることが、生産者などでつくる協議会で申し合わされました。例年は10月上旬ごろから出荷が始まるため、約1か月遅いスタートになります。昨シーズンと比べても、2週間ほど遅い初出荷です。
出荷を遅らせた最大の理由は、夏の猛暑による海水温の高さです。カキは水温が高い時期には身が痩せやすく、弱りやすくなります。水温が下がり、身が十分に太るのを待ってから出荷することで、品質を確保しようという判断です。
昨シーズンは瀬戸内海で「前例のない大量死」
こうした慎重な対応の背景には、昨シーズン(2025年秋〜冬)の深刻な被害があります。2025年の秋、広島県を中心に瀬戸内海の各地で養殖カキが大量に死ぬ被害が発生しました。報道によると、広島県呉市の東部では8〜9割が死滅した地域もあり、兵庫県の播磨灘や岡山県でも大きな被害が出たといいます。
広島県は、原因として「高水温」と「高塩分」という2つのストレスが長く続いたことを挙げています。2025年9月の海水温は、県の中部から東部で平年より2.4℃高く、雨が少なかったことで海水の塩分も高い状態が続いていました。生産者の売り上げが大きく落ち込み、加工会社の仕入れ価格が上昇するなど、影響は食卓にも及びました。
今シーズンは「手探り」のスタート
2026年も夏は厳しい暑さとなり、産地では海水温の動きを注視しながら、カキを吊るす深さを変えるなど、生産者が独自に工夫を重ねています。出荷が始まる11月以降、量や価格がどうなるかはまだ見通せない部分もあります。だからこそ、今季の牡蠣は、海の環境と生産者の努力の結晶として、一粒一粒をじっくり味わいたいものです。
広島以外の産地にも注目
広島県に次ぐ産地の宮城県をはじめ、岩手県や北海道の厚岸(あっけし)、三重県の的矢(まとや)など、日本各地に個性豊かな牡蠣の産地があります。産地によって出荷の時期や味わいはさまざまです。今季は、いろいろな産地の牡蠣を食べ比べてみるのもおすすめです。
【自然】牡蠣は「海を浄化する」生きもの
私たちが食べている牡蠣は、海の中でどのように暮らしているのでしょうか。その生態を知ると、牡蠣のおいしさが海の環境と深く結びついていることがわかります。

海水をこして、プランクトンを食べる
牡蠣は、海水を体内に取り込み、えらでこし取った植物プランクトンなどを食べて育ちます。こうした食べ方を「ろ過食」と呼びます。1個の牡蠣が1日に大量の海水をろ過するため、牡蠣が多く育つ海は水が澄むともいわれ、海の環境を整える役割も担っています。
つまり、牡蠣の味は、その海にどれだけ豊かなプランクトンがいるかによって大きく変わります。山から川を通じて栄養が流れ込む湾や入り江は、プランクトンが豊富で、牡蠣がよく育つ好漁場です。「森は海の恋人」という言葉があるように、牡蠣のおいしさは、山・川・海のつながりから生まれているのです。
水温に敏感な生きもの
牡蠣は、水温の変化に敏感な生きものです。真牡蠣は、夏の水温が高い時期に産卵し、産卵後は身が痩せてしまいます。秋から冬にかけて水温が下がると、再び栄養をたくわえて身が太り、うま味が増していきます。昨シーズンのように、秋になっても水温が高い状態が続くと、牡蠣は体力を消耗し、弱りやすくなってしまいます。
日本の牡蠣養殖のかたち
日本の牡蠣養殖の多くは、ホタテの貝殻などに牡蠣の赤ちゃん(幼生)を付着させ、それを海に吊るして育てる「垂下式」という方法で行われています。広島では、竹で組んだ大きな筏から何本もの連を吊るす「筏式垂下法」が広く用いられ、瀬戸内海の穏やかな海と豊かなプランクトンが、日本一の生産量を支えてきました。
牡蠣殻もまた「海の恵み」
牡蠣の殻は、主に炭酸カルシウムでできています。牡蠣は海水中のカルシウムを取り込み、少しずつ殻を厚くしながら成長していきます。むき身にしたあとに大量に出る殻は、細かく砕いて畑の土壌改良材や鶏のえさ、さらにはチョークなどに再利用されてきました。牡蠣は、身も殻も余すことなく人の暮らしに役立てられてきた、まさに海の恵みなのです。
【科学】「海のミルク」と呼ばれる理由|うま味と栄養のサイエンス
牡蠣は、その栄養の豊かさと乳白色の身から「海のミルク」と呼ばれてきました。牡蠣のおいしさと栄養の秘密を、科学の目で見てみましょう。

甘みとコクの正体「グリコーゲン」
冬の牡蠣が濃厚でクリーミーに感じられるのは、身にたくわえられたグリコーゲンのおかげです。グリコーゲンは、ブドウ糖がたくさんつながった、エネルギーの貯蔵物質。牡蠣は産卵に備えて冬にグリコーゲンをたくわえるため、この時期の牡蠣は、ほんのりとした甘みとコクが際立ちます。
うま味成分の宝庫
牡蠣には、うま味成分のグルタミン酸や、甘みを感じさせるグリシン、アラニンなどのアミノ酸が豊富に含まれています。さらに、貝類に特有のうま味成分であるコハク酸も含まれており、これらが重なり合うことで、牡蠣ならではの奥深い味わいが生まれます。牡蠣を煮込んだだしや、牡蠣からつくられるオイスターソースが料理のうま味を高めるのも、このためです。
亜鉛をはじめ、栄養がぎっしり
牡蠣は、食品のなかでもトップクラスに亜鉛を多く含む食材です。亜鉛は、味覚の維持や皮膚・粘膜の健康に関わるミネラルで、不足しやすい栄養素のひとつです。このほか、貧血予防に役立つ鉄やビタミンB12、疲労回復との関連で知られるタウリンなども含まれています。まさに「海のミルク」の名にふさわしい栄養食材です。
うま味を凝縮した「オイスターソース」
牡蠣のうま味を調味料として生かしたのが、中国料理でおなじみのオイスターソースです。牡蠣を塩漬けにして発酵させたり、煮詰めたりして得られる濃厚なエキスをもとにつくられ、炒め物や煮込み料理にコクと深みを加えます。少量で料理全体の味がまとまるのは、牡蠣に含まれるアミノ酸やコハク酸などのうま味成分が凝縮されているからです。
「Rのつく月」の科学
ヨーロッパには、「Rのつかない月(May〜August)には牡蠣を食べるな」という言い伝えがあります。これは、真牡蠣の産卵期にあたる夏は身が痩せて味が落ちること、また冷蔵技術がなかった時代には、暑い季節の牡蠣は傷みやすかったことに由来するといわれます。夏に旬を迎える岩牡蠣のような例外もありますが、真牡蠣については、経験則として理にかなった言葉だったのです。
「生食用」と「加熱用」の本当の違い|ノロウイルス対策の加熱目安
スーパーで牡蠣を買うとき、「生食用」と「加熱用」の表示に迷ったことはありませんか。実はこの2つの違いは、鮮度ではありません。

違いは「鮮度」ではなく「育った海域」
「生食用」の牡蠣は、保健所などが指定した、細菌などの基準を満たす海域で育てられたもの、または一定時間、殺菌した海水で浄化処理されたものです。一方、「加熱用」の牡蠣は、指定海域以外で育てられたもので、加熱調理を前提に販売されています。
つまり、加熱用だから鮮度が悪いというわけではありません。むしろ、加熱用の牡蠣は、プランクトンが豊富な沿岸の海域で育つことが多く、身が大きく、うま味が濃いともいわれます。カキフライや鍋など加熱して食べるなら、あえて加熱用を選ぶのもおすすめです。ただし、加熱用の牡蠣を生で食べるのは絶対にやめましょう。
ノロウイルスに注意
冬に流行するノロウイルスによる食中毒は、ウイルスに汚染された二枚貝を、生や加熱不十分な状態で食べることでも起こることがあります。ノロウイルスは、生食用の基準を満たした牡蠣であっても、完全には否定できないとされています。体調がすぐれないときや、高齢の人、小さな子ども、妊娠中の人などは、生牡蠣を控え、十分に加熱して食べるのが安心です。
加熱の目安は「中心部85〜90℃で90秒以上」
ノロウイルス対策として、厚生労働省は、二枚貝などを加熱する場合、中心部が85〜90℃で90秒以上の加熱を目安としています。カキフライや焼き牡蠣、鍋などでは、表面だけでなく中心までしっかり火を通すことが大切です。調理に使った包丁やまな板、手指もよく洗い、生の牡蠣に触れたものから、ほかの食品に汚染が広がらないように注意しましょう。
貝毒の情報もチェック
また、牡蠣などの二枚貝は、有毒なプランクトンを取り込んで「貝毒」をたくわえることがあります。貝毒は加熱しても分解されにくいため、出荷の際には検査が行われ、基準を超えた海域の貝は出荷が規制されます。市販の牡蠣は安心して食べられますが、潮干狩りなどで自分で採る場合は、自治体が発表する貝毒の情報を必ず確認しましょう。
真牡蠣と岩牡蠣|旬と主な産地
日本でよく食べられている牡蠣は、大きく分けて「真牡蠣」と「岩牡蠣」の2種類です。旬も味わいも異なるので、違いを知っておくと牡蠣選びがもっと楽しくなります。

真牡蠣――冬が旬の定番
スーパーや飲食店で冬に目にする牡蠣の多くは、真牡蠣です。旬は一般に11月ごろから3月ごろまで。水温が下がるにつれて身が太り、グリコーゲンをたっぷりたくわえて濃厚な味わいになります。2月ごろになると、身がさらに大きく育ち、うま味が一段と増すともいわれます。
岩牡蠣――夏が旬の大ぶりな牡蠣
岩牡蠣は、真牡蠣よりも大きく、殻も分厚い牡蠣です。主に天然ものや、数年かけて育てる養殖もので、旬は夏の6月ごろから8月ごろ。日本海側の産地などで多く獲れ、クリーミーで濃厚な味わいが特徴です。
主な産地と個性
真牡蠣の産地としては、全国の約6割を占める広島県のほか、身がふっくらとして生食にも人気の宮城県、瀬戸内の岡山県や兵庫県、三陸の岩手県などが知られています。北海道の厚岸は、水温が低く、一年を通して牡蠣を出荷できる産地として有名です。三重県の的矢は、紫外線で殺菌した海水を使った浄化の取り組みで知られています。産地ごとに、大きさや塩気、うま味の濃さに個性があります。
今シーズンの牡蠣の楽しみ方
広島産の出荷が遅れる今季は、まず秋から出回る宮城県や岩手県、北海道などの牡蠣で、シーズンの始まりを楽しむのもひとつの方法です。冷凍の牡蠣は、旬の時期に加工されたものが多く、品質が安定しているのも魅力です。11月に広島産の出荷が始まったら、産地ごとの大きさや味わいの違いを食べ比べてみてください。牡蠣は産地を選んで味わうことで、その海の個性まで楽しめる食材です。
おいしい牡蠣の選び方と下処理のコツ
牡蠣のおいしさを引き出すには、選び方と下処理が大切です。家庭で失敗しないためのポイントを紹介します。

むき身は「ふっくら・つやつや・縁が黒い」
むき身の牡蠣を選ぶときは、身がふっくらと盛り上がり、つやがあって、乳白色のものを選びましょう。身の縁(ヒダ)の黒い部分がくっきりとしているものは、鮮度がよいサインといわれます。パックの中の液が白く濁っているものや、身が平たくしぼんでいるものは避けましょう。表示の「生食用」「加熱用」の区別と、消費期限も必ず確認してください。
殻付きは「重く、口が閉じている」
殻付きの牡蠣は、手に持ったときにずっしりと重く、殻がしっかり閉じているものを選びます。殻が開いて閉じないものや、異臭がするものは避けましょう。殻付きの牡蠣は、むき身よりも乾燥しにくく、うま味を閉じ込めた状態で味わえるのが魅力です。
下処理は「塩」か「片栗粉」でやさしく
むき身の牡蠣は、ボウルに入れて塩や片栗粉をまぶし、やさしく混ぜてから、冷水で洗い流すと、ぬめりや汚れがきれいに取れます。大根おろしを使う方法も知られています。強くもみ洗いすると身が傷つき、うま味が流れ出てしまうので注意しましょう。洗ったあとは、キッチンペーパーで水気をしっかりふき取ります。特にカキフライにする場合は、水気が残っていると油がはねる原因になります。
保存は冷蔵で早めに
牡蠣は傷みやすい食材です。購入後はすぐに冷蔵庫に入れ、消費期限内に、できるだけ早く食べ切りましょう。すぐに食べきれない場合は、加熱用であれば下処理をしてから冷凍保存することもできます。冷凍した牡蠣は、解凍せずにそのまま加熱調理するのがポイントです。
牡蠣をおいしく食べるコツ|定番料理と縮ませない加熱
牡蠣は加熱しすぎると身が縮み、かたくなってしまいます。「中心までしっかり加熱」と「縮ませない」を両立させるコツを押さえましょう。

カキフライ――衣で「うま味を閉じ込める」
カキフライは、衣が牡蠣を包み込むことで、うま味と水分を閉じ込められる料理です。下処理をして水気をしっかりふいた牡蠣に、小麦粉、溶き卵、パン粉の順に衣をつけ、170〜180℃の油で揚げます。衣がきつね色になり、中心まで火が通るまで揚げましょう。タルタルソースやレモン、ウスターソースなど、好みの味で楽しめます。
土手鍋――広島の郷土の味
土手鍋は、鍋のふちに味噌を土手のように塗り、牡蠣や豆腐、野菜を煮ながら、味噌を少しずつ溶かして味わう広島の郷土料理です。牡蠣は煮すぎると縮むため、ほかの具材に火が通ってから最後に加え、ぷっくりとふくらんで中心まで火が通ったら食べごろです。
焼き牡蠣・蒸し牡蠣――殻ごと豪快に
殻付きの牡蠣は、殻ごと焼いたり蒸したりすると、殻の中にうま味たっぷりの汁が閉じ込められ、ジューシーに仕上がります。殻が開いてから、さらに中心まで十分に火を通しましょう。加熱中に殻がはじけることがあるので、ふたをするなどして、やけどに注意してください。
牡蠣ごはん・オイル漬けで「余すことなく」
牡蠣ごはんは、牡蠣をさっと煮て身を取り出し、その煮汁でご飯を炊いてから、最後に身を戻すと、ふっくらと仕上がります。また、加熱した牡蠣をオリーブオイルに漬けた「牡蠣のオイル漬け」は、冷蔵庫で数日楽しめる人気の常備菜です。うま味が移ったオイルは、パスタやソテーにも活用できます。
牡蠣に合う飲み物|ワイン・日本酒・ビールのペアリング
牡蠣と飲み物の組み合わせは、ガストロノミーの世界でも古くから語られてきたテーマです。料理や食べ方に合わせて、相性のよい一杯を選んでみましょう。
生牡蠣には、ミネラル感のある白ワイン
生牡蠣の定番の組み合わせといえば、フランス・ブルゴーニュ地方のシャブリや、ロワール地方のミュスカデなど、すっきりとした酸とミネラル感のある辛口の白ワインです。牡蠣の磯の香りとワインの酸味が調和し、互いの味わいを引き立て合います。シャンパーニュなどのスパークリングワインもおすすめです。
加熱料理には、日本酒やビールも
土手鍋や焼き牡蠣など、味噌や醤油を使った料理には、うま味の豊かな純米酒がよく合います。カキフライには、さっぱりとしたラガービールや、ほのかな苦みのある黒ビール(スタウト)も好相性です。アイルランドでは、牡蠣とスタウトは定番の組み合わせとして親しまれています。
ノンアルコールなら、柑橘や炭酸水で
お酒を飲まない人には、レモンやすだちなどの柑橘を搾った炭酸水や、すっきりとした緑茶がおすすめです。柑橘の酸味と炭酸の爽快感が、牡蠣の濃厚な味わいをさっぱりと引き締め、次のひと口をおいしくしてくれます。
【歴史】縄文の貝塚から、世界を救った日本の牡蠣まで
牡蠣と人間の付き合いは、驚くほど古くから続いています。その歩みをたどってみましょう。

縄文時代から食べられてきた牡蠣
日本各地の縄文時代の貝塚からは、牡蠣の殻が数多く見つかっています。日本人は数千年も前から、牡蠣を大切な食料として食べてきたのです。世界に目を向けると、古代ローマでは紀元前に牡蠣の養殖が行われていたとされ、牡蠣は古くから人々を魅了してきた食材でした。
広島の牡蠣養殖のはじまり
広島の牡蠣養殖は、室町時代の末期、天文年間(1532〜1555年)ごろに始まったと伝えられています。江戸時代には、広島の牡蠣を船に積んで大坂(大阪)まで運び、川岸に船をつないで牡蠣料理を出す「かき船」が人気を集めました。昭和に入ると、筏から牡蠣を吊るす「筏式垂下法」が広まり、広島は日本一の牡蠣の産地へと成長していきます。
フランスの牡蠣を救った日本の種牡蠣
1960年代から70年代にかけて、フランスの牡蠣は病気によって壊滅的な被害を受けました。このとき、救いの手となったのが、宮城県から送られた真牡蠣の種牡蠣です。日本の種牡蠣がフランスの海で育ち、フランスの牡蠣産業は復活を遂げました。いまフランスで食べられている牡蠣の多くは、日本の真牡蠣をルーツに持つといわれています。2011年の東日本大震災で三陸の牡蠣養殖が大きな被害を受けた際には、フランスの牡蠣業者から支援が届き、日仏の牡蠣を通じた絆が改めて注目されました。
【文化】「かき船」から「オイスターバー」へ
牡蠣は、それぞれの土地で独自の食文化を育んできました。
冬の風物詩としての牡蠣
広島では、牡蠣の季節になると、牡蠣小屋や牡蠣まつりが各地でにぎわいます。殻付きの牡蠣を炭火で焼きながら、仲間や家族と囲む時間は、冬ならではの楽しみです。宮城や岩手などの三陸地方でも、牡蠣は地域の暮らしと誇りを支える存在です。
世界に広がる牡蠣の楽しみ方
フランスでは、牡蠣は年末年始のごちそうとして欠かせない存在で、氷を敷いた大皿に生牡蠣を並べ、レモンやエシャロットのビネガーで味わいます。近年は日本でもオイスターバーが定着し、さまざまな産地の生牡蠣を食べ比べる楽しみ方が広がりました。産地ごとの塩気やうま味、食感の違いを味わうことは、「テロワール」を感じるガストロノミーの醍醐味です。
「花見過ぎたら牡蠣食うな」
日本にも、ヨーロッパの「Rのつく月」に似た言い伝えがあります。それが「花見過ぎたら牡蠣食うな」。桜の季節を過ぎると、真牡蠣は産卵に向けて身の質が変わり、また気温の上昇で傷みやすくなることから生まれた言葉とされています。洋の東西を問わず、人々は経験を通じて、牡蠣のいちばんおいしい季節を見極めてきたのです。
【哲学】海とともに生きる、ということ
牡蠣は、海の環境をそのまま映し出す食材です。山から流れる栄養、穏やかな海、ちょうどよい水温。そのどれか一つが欠けても、おいしい牡蠣は育ちません。昨シーズンの大量死は、私たちの食卓が、刻々と変わる海の環境と直結していることを改めて教えてくれました。
出荷を遅らせてでも品質を守ろうとする生産者の判断は、自然の変化に寄り添いながら、食をつないでいこうとする姿勢そのものです。今年の牡蠣を口にするときは、その一粒が育った海と、育てた人の手間に思いを馳せてみてください。それこそが、食を「味わう」ということなのかもしれません。
牡蠣に関するよくある質問(FAQ)
Q. 2026年の広島の牡蠣はいつから食べられますか?
A. 広島県では、2026年シーズンのカキの出荷開始を11月2日以降とすることが申し合わされました。夏の猛暑による高水温を考慮し、例年より約1か月遅いスタートです。ほかの産地では、出荷時期が異なる場合があります。
Q. 生食用と加熱用は何が違うのですか?
A. 違いは鮮度ではなく、育った海域や処理の方法です。生食用は、保健所などが指定した基準を満たす海域で育ったもの、または浄化処理されたものです。加熱用は加熱調理を前提とした牡蠣で、生で食べてはいけません。
Q. 牡蠣のノロウイルス対策の加熱時間は?
A. 厚生労働省は、中心部が85〜90℃で90秒以上の加熱を目安としています。表面だけでなく、中心までしっかり火を通しましょう。
Q. 牡蠣の旬はいつですか?
A. 真牡蠣の旬は、一般に11月ごろから3月ごろまでです。岩牡蠣は夏の6月ごろから8月ごろが旬です。
Q. 牡蠣の下処理はどうすればいい?
A. むき身の牡蠣に塩や片栗粉をまぶしてやさしく混ぜ、冷水で洗い流すと、ぬめりや汚れが取れます。洗ったあとは水気をしっかりふき取りましょう。
Q. 牡蠣はなぜ「海のミルク」と呼ばれるの?
A. 亜鉛や鉄、ビタミンB12、タウリン、グリコーゲンなどの栄養が豊富で、身が乳白色であることから「海のミルク」と呼ばれています。
Q. 牡蠣に「あたる」原因は何ですか?
A. 主な原因として、ノロウイルスなどのウイルスや細菌による食中毒が挙げられます。また、体質によっては牡蠣に対するアレルギーが原因となることもあります。生で食べる場合は必ず「生食用」を選び、体調がすぐれないときは十分に加熱したものを食べましょう。症状が出た場合は、医療機関を受診してください。
Q. 冷凍の牡蠣はどう使えばいい?
A. 冷凍の牡蠣は、解凍せずに凍ったまま加熱調理するのが基本です。解凍するとドリップと一緒にうま味が流れ出てしまいます。鍋やソテー、牡蠣ごはんなどに、そのまま加えて中心まで十分に加熱しましょう。
まとめ:2026年の牡蠣は、海と生産者に感謝して味わおう
2026年の牡蠣シーズンは、全国一の産地・広島で出荷開始が11月2日以降と、例年より約1か月遅いスタートになります。背景には、夏の高水温と、昨シーズンに瀬戸内海で起きた養殖カキの大量死がありました。牡蠣は、海の環境の変化をそのまま映し出す、繊細な食材なのです。
「海のミルク」と呼ばれる牡蠣は、グリコーゲンやうま味成分、亜鉛などの栄養がぎっしり詰まった冬のごちそう。生食用と加熱用の違いを正しく知り、加熱するときは中心部85〜90℃で90秒以上を目安に、安全においしく味わいましょう。縄文の貝塚から、フランスの牡蠣を救った日本の種牡蠣まで――長い歴史を持つ牡蠣の物語に思いを馳せながら、今年の一粒を楽しんでください。
GASTRONOMIXでは、これからも旬の食材を、文化・歴史・自然・科学・哲学の5つの視点から掘り下げてお届けしていきます。
※記事内の出荷時期や被害状況などの情報は、2026年10月中旬時点で公表・報道されている内容をもとにしています。産地や販売店によって出荷・販売の時期は異なります。体調がすぐれない方や、高齢の方、小さなお子さま、妊娠中の方は、生の牡蠣を控え、十分に加熱してお召し上がりください。


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